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日语小说韩信之四面楚歌

作者:佚名    文章来源:本站原创    更新时间:2016-11-3

日语小说韩信之四面楚歌

 つい先日まで優勢であったはずの楚が、窮地に立たされている。固陵で追いすがる漢軍を撃破したものの、決定的な打撃を与えることはできなかった。

 以前の楚軍であれば、勝ちに乗じて漢軍を追い、劉邦の息の根を止めることもできたであろう。しかし、このときの楚軍には、体力がなかった。

 広武山での対立が長引き、その間に彭越に補給路をたびたび断たれた彼らは、深刻な飢えの問題に面していた。

 

 彭城に戻れば、食にありつける。しかしそれは漢を彭城に招き入れることになり、下手をすれば、首都陥落の恐れがある。彭城は平野のただ中に位置し、周囲には山も川もなく、攻めやすく守りにくい土地なのであった。

 

四面楚歌

 項羽としては、以前のように首都を荒らされることは避けたい。それは単に戦略上の問題よりも、自分の愛した土地がよそ者に奪われることを嫌ったからである。

 このため項羽は全軍に命じて、固陵より西、彭城に至る手前の垓下という地に築城を命じ、残りわずかな糧食をそこに運び込んだ。垓下を最後の決戦の地として籠城戦を挑もう、というのである。

 

――なぜ、このようなことになったか……。

 腹を空かせながらも、懸命に築城作業にいそしむ兵の姿を見て、項羽は心を痛めた。兵たちは餓死寸前の状態にありながら、自分に対する不平を口にせず、働いてくれる。

 彼らの忠節に報いる機会がないかもしれないと思うと、涙が出てくるのである。もし不平を言う兵がいれば、全軍を戒めるためにその者を殺さねばならない。そのこともたまらなく気が引けるのであった。

 傲岸で暴虐だと恐れられた項羽ではあるが、そのような人並みの感情も持ち合わせていたのである。

 

 彼が常人と違うのは、その感情の量であった。敵と見れば見境なく殺し尽くし、酌量しない。

 しかし、その一方で彼は降伏した章邯を赦し、鴻門で劉邦を赦している。

 最後まで抵抗する敵には容赦ない態度をとり続けることができるが、ひとたび相手が下手に出れば、感情が揺れるのであった。このため、項羽に殺されるかどうかは、相手の出方次第による。この点を生前の范増老人は、項羽は心が弱い、とたびたび批判していた。

 

 あるとき項羽が劉邦と対峙している間に、外黄の地を彭越に奪われたことがあった。

 このとき項羽は、前面の敵を部下に任せ、急ぎ外黄へ向かったが、城壁の内部の住民たちが抵抗したため、奪還に苦労した。それでもなんとか彭越を撃退したが、腹がおさまらなかった項羽は、住民に仕返しをしようと決める。例によってすべて穴埋めにしようとしたのであった。

 しかし、このとき住民の中のとある小童が、項羽に泣きながら訴えかけた。

 

「外黄の民は彭越が強要するので、抵抗しただけなのです。そうしなければ皆彭越に殺されるからです。私たちは彭越が恐ろしく、大王の到来を心待ちにしていたというのに、今その大王によって殺されるとあっては、天下の民のなかで大王に味方する者はいなくなりましょう」

 

 これで心を動かされた項羽は、外黄の民をすべて赦し、その結果、諸城が争って項羽に降ったという。范増の批判する項羽の心の弱さが、福に転じた結果となったのだった。

 

 もちろん項羽にそのような心の弱さを恥じる気持ちはない。ただ感情のおもむくままに行動してきたのみである。怒るべきときに怒り、悲しむべきときに悲しむ。本能のままに生きてきた項羽は、この時代の誰よりも人間らしいと言えるかもしれなかった。

 

 しかし、項羽は何ごとにも感じやすい男であったので、ひとたび敗戦の色が見え隠れするようになると、踏みとどまって逆転を期するという気持ちになれなかったようである。あたかも激情に駆られるまま、兵を道連れに全軍玉砕という滅びの美学を追及したかのように見える。

item2

 垓下に築城し、最後の決戦を挑もうとした項羽の目に、続々と集結する漢軍の姿が見える。その数は際限がないほど増えていく。項羽にはそれが信じられなかった。

 

――漢にはまだ、これほどの兵力があるのか。いつの間に……。

 口には出さないが、内心で驚愕している項羽のもとに、報告がもたらされた。

「新たに三十万の兵が、漢に加わった模様です」

 

――三十万! 冗談ではない。今までどこにそんな兵力を隠していたと言うのだ!

「……どこの、誰が指揮している軍だ」

 項羽は動揺を隠し、聞き返した。

 

「斉軍です。斉王韓信が、漢軍に加わったのです」

「韓信! あの男……」

 

 項羽の心に、諦めの気持ちが浮かんだのはこのときであったかもしれない。

――わしは、彭城に帰ることができないかもしれぬ。

 かつて項羽は韓信のもとに使者を送り、言わしめた。

「君が漢の側に立てば、天下は漢に帰し、楚の側に立てば、天下は楚に帰す」

 

――這いつくばってでも、味方に引き入れるべきであった。

 そのような後悔は確かにあった。しかしそんなことが自分にできようか?

――絶対にできない。このわしが、韓信などに……。

 

 項羽は必要に応じて自分の意志を曲げる、ということができなかった。貴族として生まれた誇り、自分自身の力を信じる心がそれをさせなかったのである。

 市井に育ち、あまり自尊心のない劉邦との差が、そこにあった。

 

 

「信……いや、斉王よ。ようやく来たな。しかし、よく来てくれた」

「は……」

 

 劉邦と韓信の対面は果たされた。

 対面は両者とも言葉少ない状態に終始し、わずかの時間で終わりを告げた。二人とも、互いに相手のことを憎んでいるわけではない。しかし、かつてのように腹を割って話をする間柄では、すでになくなっていた。

 

 しかし、それでも劉邦は韓信に全軍の先頭に立って指揮をするよう命じ、韓信はそれを受けたのである。

 

 指揮権を得た韓信は以下のように諸将を前にして戦術を説明した。

「およそ項王という人は、常に軍の先頭に立ち、敵兵の血潮を浴びながら戦うことを誇りとしてきた。しかし、このたび彼は籠城戦の構えを見せている。これは彼らしくないことであるが、それだけに逆に警戒すべきことでもある。……そこでなぜ項王が籠城したのかを考えてみる必要があるのだが……私が見るに、楚軍は食料の確保に苦労しており、漢軍と正面から戦う体力がない。この場合楚軍が取る選択肢は二つある。ひとつは追いすがる漢軍を適当にいなし、いち早く彭城へ戻り、食を確保する策。ふたつは彭城の手前に拠点を築き、そこを決戦の場として、勝ったのちにゆっくり食事にありつく、という策だ。しかし、どちらの策も楚にとっては最善の策とはなりえない」

 

 劉邦を始め、兵たちは韓信の言葉に聞き入った。戦いを前に彼の発する言葉は、常に不思議な説得力を持ち、聞く者に自信を与える。韓信の持つ状況の把握力、戦術理論がそうさせたことに違いないが、そのいちばんの理由は彼が常勝の将軍であったことによるだろう。

 

「まず、いち早く彭城へ向かう策であるが、これはたとえそれに成功したとしても、彭城にたどり着くまでに多大の兵の犠牲を伴う。また、たどり着いたとしても彭城が戦場となり、今度は彭城の民衆までも犠牲となってしまう。自国の兵や民を愛する項王が取る策ではない。……まして彭城自体が平野のただ中にあり、守りにくいという事情もある」

 

「ふたつめの策であるが拠点を築いて彭城を守ろうとする意図はわかるが、食料はすでに残り少なく、籠城にたえるほどの量はない。必然的に補給が必要だが、残念なことに拠点に食料を運ぶ手だてもない。今や楚は四方を漢の勢力に囲まれ、後方からの支援などは望めぬ状態だ。……しかし、結果的に項王はこの策を取った。おそらく食料が尽きる前に全兵力で漢にあたり、雌雄を決しようと決意したからに違いない」

 

 おお、というどよめきが兵の間に起こった。最後の一戦。項羽の決意。韓信の言葉に兵たちの中に緊張が走る。

 

「しかし、状況は変わった。今漢王のもとには私を始め、淮南王黥布、相国彭越の軍が加わり、兵数は倍になった。これはいかに項王が武力に長けた人であったとしても、容易に撃ち破ることができない数である。つまり項王の思惑は外れ、垓下は単なる孤城になったのだ」

 

 再び兵たちの間にどよめきが起こる。

「楚軍恐れるに足らず!」

 そんな声が上がったりもした。兵たちの覇気が高まっていくのを韓信は感じ、心強く思ったが、話はまだ終わっていない。落ち着いた所作で兵たちの興奮を抑える仕草をすると、彼はさらに語を継いだ。

 

「以上のことを鑑みて、項王が垓下に籠城したことは、彼の戦略眼が鈍ったことを示すものである。……しかし、我々は油断してはならない。かの項王は、多少の戦略上の不利など、たったひとりで打開できる実力を持った剛勇である。楚の兵士はそんな彼が生きている限り、彼を信奉し続けるだろう。そして彼の行くところに兵が集まるのだ。項王を逃がしてはならぬ。この一戦で彼を必ず亡きものとし、楚兵たちの心のよりどころを絶たねばならない」

 

 一座が緊張に満ちた。しばらくの間、だれもひと言も言葉を発せず、事態の深刻さを噛み締めている様子であった。

 

――とんでもないことになった。

 

 いつかは訪れるに違いないことではあるが、これは戦局の決定的場面であった。

 兵たちにとって自分がそんな場面に立ち会うのは名誉であると同時に、なるべく避けたいことでもある。その理由はいうまでもないことだが、死の危険性が他の場面より高いからであった。

 

 漢王劉邦の立場は少し異なり、長らく続いた項羽との争いに終止符を打つことに名残惜しさを感じていた。

 不思議なことに寂しい気がしたのである。

 しかし、そんな思いは間違いで、自分に従う兵たちの気持ちを裏切るものだと考えた彼は、思いを心の奥底にしまい込むことにした。

 

 韓信の様子を見て、彼が本気であることを確認した劉邦は、静寂を破り、語を発した。

「信よ。……して、具体的な戦術は?」

 

 韓信はこのとき微笑したようであった。

「考えてあります」

 

 答えながら、韓信は自分に激しい嫌悪を感じざるを得ない。

――なんてことだ! 自分は……楽しんでいるというのか? 蘭を失ったというのに。酈生を、カムジンを……みんなもう帰ってくることはないというのに! 彼らの死という悲しみを乗り越えながら私が成そうとしているのは、人を殺すことなのだ! しかも私は……それを楽しんでいる。なんという不埒な男!

 さらに許せないのは、一方でそう思いながらも、他方では沸々と戦略が自分の頭の中にあふれてくることであった。

 

――なんてことだ。

 韓信は繰り返しそう思ったが、自分を抑えることができない。

 

 

「籠城はしたものの、支援部隊が来るわけでもない項王としては、早めにこの状況を打開したいところです……。つまり城外で兵が戦っている隙に、自分は難を逃れてひそかに彭城に戻り、再起を期す。項王の行動としてはこれしか考えられませんが、我々としては、そうさせてはなりません」

「項羽が逃げる、というのか?」

「その機会をうかがっておりましょう。そのため、私はこのたびの戦いで項王が直接陣頭指揮をとることはない、と思っています。おそらく彼は兵を小出しにして戦わせ、自身は戦いません」

「…………」

「しかし、項王は生来こらえ性のない男でございます。一度は逃げると決めたとしても、きっかけさえあれば我々を打ち負かし、前面を突破しようと試みるに違いありません。……このため、我々は二度三度にわたって楚軍に負けるふりをし、それによって彼らにきっかけを与えます」

「……それは敵に倍する大軍のとるべき作戦ではないな」

「相手の意表をつくことこそ、作戦と言えるのではないでしょうか。項王は漢が大軍だと知れば、対抗できないものと思い、逃亡を企む。ところがその大軍が意外に弱かったら? 数だけを頼んだ烏合の衆だとしたら? 彼ならずとも攻撃して撃ち破りたくなるでしょう。我々としては、そこを突けばよいのです」

「しかし、我々の戦いが偽計だと悟られはしないか。確かに我が漢軍は強くなく、数を頼んだだけでは楚には勝てないかもしれない。……しかし、今の漢軍は数だけではない。指揮官として君がいるのだぞ」

「私は負けるふりに関しては常日ごろ得意としており、今に至るまで何度もそれを実行してきています。項王は私の戦い方を見て、気付くかもしれません。『韓信の戦いぶりは、噂どおりの意気地のないものだな!』と。そう思えば、自ら出陣し、戦場に姿を現すでしょう。この場合は、そこを捕らえる。あるいはそれでも慎重を期し、彼自身が出陣しない場合も考えられます。しかしそのとき彼は、城中の大半の兵士を動員し、漢を撃ち破ろうとするでしょう。このときこそ我々は大軍の利点を生かし、彼らを逆に殲滅する。これにより、項王は城中に孤立します」

「戦況不利となれば、逃げ出すと君が今言ったばかりではないか」

「そのとおりです。この場合、彼は落ち武者となります。私の狙いは彼を落ち武者にすることです。それもほぼ単独で逃亡する落ち武者に」

「ふうむ。……よく考えてある。お前が敵でなくてつくづくよかったとわしは思うぞ」

 

 劉邦のこのときの発言には、多少の皮肉がこもっていた。韓信にはそれがよくわかったが、今さら言うべきことは何もない。

【中国の四字成語】四面楚歌
背水之陣の出典
日语小说韩信楚の滅亡
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