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古今和歌集 假名序           ★★★
古今和歌集 假名序
作者:佚名 文章来源:本站原创 点击数: 更新时间:2007-10-27 10:22:26

古今和歌集 假名序
紀貫之

一、本質論

 和歌(やまとうた)は,人(ひと)の心(こころ)を種(たね)として,萬(よろづ)の辭(ことのは)とぞ成(な)れりける。
 世中(よのなか)に或(あ)る人(ひと)、事(こと)、業(わざ),繁(しげ)き物(もの)なれば,心(こころ)に思(おも)ふ事(こと)を,見(み)る物(もの)、聞(き)く物(もの)につけて,言(い)ひ出(いだ)せる也(なり)。花(はな)に鳴(な)く鶯(うぐひす),水(みづ)に棲(す)む蛙(かはづ)の聲(こゑ)を聞(き)けば,息(いき)とし生(い)ける者(もの),孰(いづ)れか歌(うた)を詠(よ)まざりける。

 力(ちから)をも要(い)れずして,天地(あめつち)を動(うご)かし,目(め)に見(み)えぬ鬼神(おにがみ)をも哀(あは)れと思(おも)はせ,男女(をとこをんな)の仲(なか)をも和(やは)らげ,彪(たけ)き武士(もののふ)の心(こころ)をも慰(なぐさ)むるは,歌也(うたなり)。

 夫和歌者,其託根於心地,而發華於詞林也。人生在世,不能無為。或為人、事、業之所感,以其心思所至,諭於見聞萬物,而吟形於言也。夫聞花上鶯鳴、水棲蛙聲,生息之人,孰不賦歌。
 不假外力,即可動天地、感鬼神、和夫婦、慰武士者,和歌也。
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二、起源論

 此歌(このうた),天地(あめつち)の開(ひら)け始(はじま)りける時(とき)より,居(い)できにけり。〔天浮橋(あまのうきはし)の下(した)にて,女神男神(めがみをがみ)と成(な)り給(たま)へる事(こと)を言(い)へる歌也(うたなり)。﹞然(しか)あれども,世(よ)に伝(つた)はる事(こと)は,久方(ひさかた)の天(あめ)にしては,下照姬(したてるひめ)に始(はじま)り﹝下照姬(したてるひめ)とは,天稚彥(あめわかひこ)の妻也(めなり),兄(せうと)の神(かみ)の形(かたち),崗谷(をかたに)に移(うつ)りて,輝(かかや)くを詠(よ)める夷歌(えびすうた)なるべし,此(こ)れ等(ら)は文字(もじ)の數(かず)も定(さだ)まらず,歌(うた)の樣(やう)にも有(あ)らぬ事(こと)ども也(なり)。﹞荒(あら)かねの土(つち)にては,素戔鳴尊(すさのをのみこと)よりぞ,興(おこ)りける。

 千早振(ちはやぶ)る神代(かみよ)には,歌(うた)の文字(もじ)も定(さだ)まらず,素直(すなほ)にして,言(こと)の心(こころ)わき難(がた)かりけらし。人世(ひとのよ)と成(な)りて,素戔鳴尊(すさのをのみこと)よりぞ,三十文字餘(みそもじあま)り一文字(ひともじ)は詠(よ)みける。﹝素戔鳴尊(すさのをのみこと)は,天照孁貴神(あまてらすおほんかみ)の弟神也(をとかみなり)。【原文(もとぶみ)ハ兄神(このかみ)ナリ。記紀(きき)ヨリ改(あらため)ス。】女(をむな)と住給(すみたま)はむとて,出雲國(いづものくに)に宮造(みやづく)りし給(たま)ふ時(とき)に,其(そ)の所(ところ)に八色雲(やいろのくも)の立(た)つを見(み)て詠(よ)み給(たま)へる也(なり)。《八雲立(やくもた)つ出雲八重垣(いづもやへがき)妻籠(つまご)めに八重垣作(やへがきつく)る其(そ)の八重垣(やへがき)を。》﹞
 斯(か)くてぞ,花(はな)を愛(め)で,鳥(とり)を羨(うらや)み,霞(かすみ)を哀(あは)れび,露(つゆ)を悲(かな)しぶ心(こころ),辭多(ことばおお)く,樣樣(さまざま)に成(な)りにける。遠(とほ)き所(ところ)も,居(い)で立(た)つ足元(あしもと)より始(はじま)りて,年月(としつき)を渡(わた)り,高(たか)き山(やま)も,麓(ふもと)の塵泥(ちりひぢ)より成(な)りて,天雲棚引(あまくもたなび)く迄生(までお)ひ昇(のぼ)れる如(ごと)くに,此歌(このうた)も,斯(か)くの如(ごと)く成(な)るべし。

 難波津(なにはづ)の歌(うた)は,帝(みかど)の御始(おほんはじ)め也(なり)。﹝大鷦鷯帝(おほささぎのみかど)の,難波津(なにはづ)にて皇子(みこ)と聞(きこ)えける時(とき),東宮(みこのみや)を互(たが)ひに讓(ゆづ)りて,位(くらゐ)に即(つ)き貯(たま)はで,三年(みとせ)になりにければ,王仁(わに)と言(い)ふ人(ひと)の訝(いぶか)り思(おも)ひて,詠(よ)みて奉(たてまつ)りける歌也(うたなり),此花(このはな)は梅(むめ)の花(はな)を言(い)ふなるべし。﹞
 安積山(あさかやま)の辭(ことば)は,采女(うねめ)の戲(たはぶ)れより詠(よ)みて,﹝葛城王(かづらきのおほきみ)を陸奥(おく)へ遣(つか)はしたりけるに,國司(くにのつかさ),事麤末(ことおろそ)かなりとて,設(まう)けなどしたりけれど,すさまじかりければ,采女(うねめ)なりける女(をむな)の,土器取(かはらけと)りて詠(よ)める也(なり),これにぞ王(おほきみ)の心溶(こころと)けにける。《安積山(あさかやま)影(かげ)さへ見(み)ゆる山(やま)の井(ゐ)の淺(あさ)くは人(ひと)を思(おも)ふのもかは。》﹞此二歌(このふたうた)は,歌(うた)の父母(ちちはは)の樣(やう)にてぞ,手習(てなら)ふ人(ひと)の始(はじ)めにもしける。

 伏惟和歌之作,肇於天地初判。(所賦天浮橋下,陰神、陽神相契之歌也。)
 然今傳之歌,於亙久天界,始作於下照姬。(下照姬者,天稚彥之妻也。其詠兄神形移崗谷之輝耀者,今所謂夷歌是也。此者等,字數未定,而歌體不足也。)於葦原荒土,則始興於素戔鳴尊。
 荒振也神代,時質人淳,心象難捉。是以和歌未作,情欲無分。爰及人代,逮于素戔鳴尊之世,始有卅一字之詠。﹝素戔鳴尊者,大日孁貴之弟神也。與妻連理,造宮出雲。時見八色彩雲層出之所詠也。《八雲立つ出雲八重垣妻籠めに八重垣作る其の八重垣を。【八雲立兮層雲湧 出雲清地八重垣 欲籠吾妻居此處 遂造出雲八重垣 其八重垣可怜矣。】》﹞
 如斯,愛花、羨鳥、哀霞、悲露之心,託以千辭,而化萬態。千里之行、始於足下。以其經年累月,則崇山峻嶺,雖始麓間塵土,終也齊聳雲霄。夫和歌者,亦如斯哉。

 難波津之歌,御始於仁德帝也。﹝大鷦鷯帝,於難波津,為皇子時,與弟尊菟道稚郎子,相禪東宮。爰皇位空之,既經三載。有王仁者,訝民之苦,遂賦歌而奉之作也。此花者,則當梅矣。《難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花。【花咲押照難波津 籠冬已過今為春 綻放咲之此花矣。】》﹞
 安積山之辭,乃采女之所戲作,(葛城王橘諸兄出陸奧國時,國司怠慢,雖設宴筵,而王不快,采女遂取盃詠歌,是而其王方展笑顏。《安積山影さへ見ゆる山の井の淺くは人を思ふのもかは【山井淺映安積山 其影雖淡妾不若 所思君念誓不淺】》。)此二歌者,猶歌之親,欲手習者,宜由此始。
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三、歌體論

 そもそも,歌(うた)の態(さま),六(む)つ也(なり)。唐(から)の歌(うた)にも,斯(か)くぞ有(あ)るべき。

 其(そ)の六種(むくさ)の一(ひと)つには,風歌(そへうた)。
 大鷦鷯帝(おほささぎのみかど)を,風(そ)へ奉(たてまつ)れる歌(うた),《難波津(なにはづ)に咲(さ)くや木花(このはな)冬籠(ふゆこも)り今(いま)は春(はる)べと咲(さ)くや此花(このはな)》と言(い)へるなるべし。

 二(ふた)つには,賦歌(かぞへうた)。
 《咲(さ)く花(はな)に思(おも)ひつく身(み)の味氣無(あぢきな)さ身(み)にいたつきのいるも知(し)らずて》と言(い)へるなるべし。﹝此(こ)れは,直言(ただこと)に言(い)ひて,物(もの)に喻(たと)へ等(など)もせぬ物也(ものなり),此歌(このうた),如何(いか)に言(い)へるにかあらむ,其(そ)の心(こころ),得難(えがた)し。五(いつ)つに雅歌(ただごとうた)と言(い)へるなむ,是(これ)には適(かな)ふべき。﹞

 三(み)つには,比歌(なずらへうた)。
 《君(きみ)に今朝晨(けさあした)の霜(しも)のおきていなば戀(こひ)しき如(ごと)に消(き)えやわたらむ》と言(い)へるなるべし。﹝此(こ)れは,物(もの)に比(なずら)へて,其(そ)れが樣(やう)になむあると樣(やう)に言(い)ふ也(なり)。此歌良(このうたよ)く適(かな)へりとも見(み)えず。《たらちめの親(おや)のかふ蠶(こ)の繭籠(まゆこも)りいぶせくもあるか妹(いも)に逢(あ)はずて。》斯樣(かやう)なるや,之(これ)には適(かな)ふべからむ。﹞

 四(よ)つには,興歌(たとへうた)。
 《我(わ)が戀(こひ)は讀(よ)むとも盡(つ)きじ荒磯海(ありそうみ)の濱(はま)の真砂(まさご)は讀(よ)み盡(つ)くすとも》と言(い)へるなるべし。﹝此(こ)れは,萬(よろづ)の草木鳥獸(くさきとりけだもの)につけて,心(こころ)を見(み)する也(なり)。此歌(このうた)は,隱(かく)れたる所(ところ)なむ無(な)き。されど,始(はじ)めの風歌(そへうた)と同(おな)じ樣(やう)なれば,少(すこ)し態(さま)を變(か)へたるなるべし。《須磨(すま)の海人(あま)の鹽燒(しほや)く煙風(けぶりかぜ)を甚(いた)み思(おも)はぬ方(かた)に棚引(たなび)きにけり》,此歌等(このうたなど)や適(かな)ふべからむ。﹞

 五(いつ)つには,雅歌(ただことうた)。
 《偽(いつはり)の無(な)き世(よ)なりせばいかばかり人(ひと)の言(こと)の葉(は)嬉(うれし)からまし》と言(い)へるなるべし。﹝此(こ)れは,事(こと)のととのほり,正(ただ)しきを言(い)ふ也(なり)。此歌(このうた)の心(こころ),更(さら)に適(かな)はず,覓歌(とめうた)とや言(い)ふべからむ。《山櫻(やまざくら)飽(あ)く迄(まで)色(いろ)を見(み)つる哉(かな)花散(はなち)るべくも風吹(かぜふ)かぬ世(よ)に》。﹞

 六(む)つには,頌歌(いはひうた)。
 《此殿(このとの)はむべも富(とみ)けり三枝(さきくさ)の三葉四葉(まつばよつば)に殿造(とのづくり)りせり》と言(い)へるなるべし。﹝此(こ)れは,世(よ)を譽(ほ)めて神(かみ)に告(つ)ぐる也(なり)。此歌(このうた),頌歌(いはひうた)とは見(み)えずなむある。《春日野(かすがの)に若菜摘(わかなつ)みつつ萬世(よろづよ)を祝(いは)ふ心(こころ)は神(かみ)ぞ知(し)るらむ。》此(こ)れ等(ら)や,少(すこ)し適(かな)ふべからむ。﹞

 ﹝大凡(おほよそ),六種(むくさ)に分(わ)かれむ事(こと)はえあるまじき事(こと)になむ。﹞

 又,和歌之態有六義。唐國之詩亦如斯。

 六義之中,一曰-風。
 王仁諷諫大鷦鷯帝之歌,《波津に咲くやこ此の花冬ごもり今は春べと咲くや此の花【花咲押照難波津 籠冬已過今為春 綻放咲之此花矣。】》當可稱之。

 二曰-賦。
 《咲く花に思ひつく身の味氣無さ身にいたつきのいるも知らずて【百花妍開忽所感 此身殘命無所益 何時病重無所知。】》當是之也。(此非獨以言事譬物也。此歌所言,難得其趣。第五雅歌,可與相應。)

 三曰-比。
 《君に今朝晨の霜のおきていなば戀しきごとに消えやわたらむ【今朝晨霜一如君 雖吾思汝欲相逢 似霜易逝滿悵惆。】》當是之也。(此者,比物擬事也,言此之若斯也。此歌少有相應。《たらちめの親の飼ふこの繭籠りいぶせくもあるか妹に逢はずて。【庭訓巖親飼桑蠶 困繭其態似吾身 哀嘆不得緣卿面。】》或可相應。)

 四曰-興。
 《我が戀は讀むとも盡きじ荒磯海の濱の真砂はよみ盡くすとも【吾戀雖計不能盡 一若荒磯海濱砂 濱真砂數數不盡。】》當是之也。﹝此者,託言萬象草木、述懷飛鳥走獸,以見其心也。此歌者,無所隱諭。然,肇始之際,當類風歌而樣態稍變歟。《須磨のあまの鹽燒く煙風をいたみ思はぬ方にた靡にけり。【須磨海人燒鹽煙 雖風飄逝不知方 佳人移情別靡戀。】》此歌或可相應矣。﹞

 五曰-雅。
 《偽の無き世なりせばいかばかり人の言の葉嬉からまし【若此世中無虛偽 兩兩相依露真情 則伊所言何其歡。】》當是之也。﹝然雅歌之所詠者,世間正直整然之事也。與此歌之意相違,或當以覓歌稱之。或以《山櫻飽くまで色を見つる哉花散るべくも風吹かぬ世に【山櫻滿開望眼簾 欲散亦無勁嵐拂 無風安寧此世中。】》更為相應。﹞

 六曰-頌。
 《此の殿はむべも富けり三枝の三つば四葉に殿造りせり【此殿造式誠富哉 三枝棟葉三四分 美輪美奐此殿造】》當是之也。﹝然頌歌之所詠,譽世告神之為也。是以此歌,稍乖頌歌之意。未若《春日野に若菜つみつつ萬世を祝ふ心は神ぞ知るらむ。【身摘若菜春日野 心祝萬世盛無窮 神當照覽此心矣。】》略勝相應。﹞

 ﹝大凡,和歌之義,僅以六種歸之,略虞不足乎。﹞

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四、變遷論

 今(いま)の世中(よのなか),色(いろ)につき,人(ひと)の心(っこころ),花(はな)に成(な)りにけるより,不實(あだ)なる歌(うた),儚(はかな)き言(こと)のみいでく(出來)れば,色好(いろごの)みの家(いへ)に,埋(むも)れ木(き)の人知(ひとし)れぬ事(こと)と成(な)りて,實(まめ)なる所(ところ)には,花薄(はなすすき)、穗(ほ)に出(いだ)すべき事(こと)にも有(あ)らず成(な)りにたり。
 其(そ)の初(はじ)めを思(おも)へば,斯(か)かるべくなむ有(あ)らぬ。古(いにしへ)の世世(よよ)の帝(みかど),春(はる)の花(はな)の晨(あした),秋(あき)の月(つき)の夜每(よるごと)に,侍(さぶら)ふ人人(ひとびと)を召(め)して,事(こと)に付(つ)けつつ,歌(うた)を奉(たてまつ)らしめ給(たま)ふ。或(ある)は,花(はな)を添(そ)ふとて,賴(たよ)り無(な)き所(ところ)に惑(まど)い,或(ある)は,月(つき)を思(おも)ふとて,導無(しるべな)き闇(やみ)に辿(たど)れる心心(こころごごろ)を見給(みたま)ひて,賢(さか)し,愚(をろ)かなりと知(し)ろし召(め)しけむ。

 しかあるのみに非(あら)ず。細石(さざれいし)に諭(たと)へ,筑波山(つくばやま)に掛(か)けて君(きみ)を願(なが)ひ,悅(よろこ)び身(み)に過(す)ぎ,樂(たの)しび心(こころ)に餘(あま)り,富士(ふじ)の煙(かぶり)に寄(よ)そへて人(ひと)を恋(こ)ひ,松虫(まつむし)の音(ね)に友(とも)を偲(しの)び,高砂(たかさご)、住江(すみのえ)の松(まつ)も,相生(あひをひ)の樣(やう)に覺(おぼ)え,男山(をとこやま)の昔(むかし)を思(おも)ひ出(い)でて,女郎花(をみなへし)の一時(ひととき)をくねるにも,歌(うた)を言(い)ひてぞ慰(なぐさ)めける。
 又(また),春(はる)の晨(あした)に花(はな)の散(ち)るを見(み),秋(あき)の夕暮(ゆふぐ)れに木(き)の葉(は)の落(お)つるを聞(き)き,或(ある)は,年每(としごと)に,鏡(かがみ)の影(かげ)に見(み)ゆる雪(ゆき)と浪(なみ)とを嘆(なげ)き,草(くさ)の露(つゆ),水(みづ)の泡(あわ)を見(み)て我(わ)が身(み)を驚(おどろ/rt>き,或(ある)は,昨日(きのふ)は榮(さか)え驕(をご)りて,時(とき)を失(うしな)ひ世(よ)に詫(わ)び,親(したし)かりしも疏(うと)く也(なり),或(ある)は,松山(まつやま)の浪(なみ)をかけ,野中(のなか)の水(みづ)を汲(く)み,秋萩(あきはぎ)の下葉(したば)を眺(なが)め,曉(あかつき)の鴫(しぎ)の羽搔(はねが)きを數(かぞ)へ,或(ある)は,吳竹(くれたけ)の憂(う)き節(ふし)を人(ひと)に言(い)ひ,吉野河(よしのがは)を引(ひ)きて世中(よのなか)を怨(うら)み來(き)つるに,今(いま)は,富士山(ふじのやま)も煙立(けぶりた)たず成(な)り,長柄橋(ながらのはし)も作(つく)る成(な)りと聞(き)く人(ひと)は,歌(うた)にのみぞ,心(こころ)を慰(なぐさ)めける。

 當今之世,溺色華美,蒼生之心,貴艷奢淫。是以和歌之體,若浮詞雲興,猶儚語泉涌。於是今世之歌,不為有識所好。假若好色之家,中有埋木,不為人知也。其實皆落,其華孤榮,不登殿堂,更劣薄花之穗者。
 顧視和歌之肇,不當如此。古天子,每當春花之晨、秋月之夜,即詔侍臣,逢事興題,敕獻和歌。或風花於陌地之迷途,或思月於無導之暗闇。見其眾心所辿,則賢愚之性,於是相分。所以隨民之欲,擇士之才也。

 非獨如此。或以細石為諭,奉祝大君之永壽。或寄筑波山陰,誓願陛下之恩澤。或喜不自勝、或樂不可支。或藉富士之煙雲,寄慕他鄉之伊人。或聞松蟲之鳴,一馳憶友之偲念。觀高砂、住江之松,親長年之交好。懷想壯若斯男山之往昔,嘆恨盛若女郎花之須臾。當此之時,或吟悲、或述懷、或發憤,能慰身心者,莫宜於詠歌。
 又,見春晨之散花,聞秋夕之落葉。或年年攬鏡自照,而嘆髮白之若雪、膚皺之猶浪。或見草露、水泡,而驚吾身之虛渺。或詫昨日榮華而今日失時,亦怨往日親友,今日相疏。或以松山之浪,諭情愛之盟誓。或汲野中之水,勞老人之懷舊。或眺秋萩之下葉,哀嘆孤身之獨寢。或數曉鴫搔羽,待伊人之歸來。或詠吳竹憂節,述人世之悲苦。或以吉野川河,怨紅塵之儚幻。此籌之類,見於古歌。時值今日,雖富士山之雲煙不復湧矣,長柄橋之所建不復存矣。然聞事者,唯詠和歌,能慰心性也。

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五、歌聖評

 古(いにしへ)より,斯(か)く傳(つた)はる中(うち)にも,奈良(なら)の御時(おほむとき)よりぞ,廣(ひろ)まりにける。斯(か)の御世(おほむよ)や,歌(うた)の心(こころ)を知(し)ろし召(め)したりけむ。

 斯(か)の御時(おほむとき)に,正三位(おほきみつのくらゐ),柿本人麿(かきのもとのひとまろ)なむ,歌(うた)の聖(ひじり)なりける。此(こ)れは,君(きみ)も人(ひと)も,身(み)を合(あ)はせたりと言(い)ふなるべし。秋(あき)の夕(ゆふべ),龍田河(たつたがは)に流(なが)るる紅葉(もみぢ)をば,帝(みかど)の御目(おほむめ)に,錦(にしき)と見給(みたま)ひ。春(はる)の晨(あした),吉野山(よしののやま)の櫻(さくら)は,人麿(ひとまろ)が心(こころ)には,雲(くも)かとのみなむ覺(おぼ)えける。

 又(また),山邊赤人(やまのべのあかひと)と言(い)ふ人有(ひとあ)りけり。歌(うた)に奇(あや)しく,妙(たへ)なりけり。

 人麿(ひとまろ)は赤人(あかひと)が上(かみ)に立(た)たむ事難(ことかた)く,赤人(あかひと)は人麿(ひとまろ)が下(しも)に立(た)たむ事難(ことかた)くなむ有(あ)りける。﹝奈良帝(ならのみかど)の御歌(おほむうた),《龍田河(たつたがは)紅葉(もみぢ)亂(みだ)れて流(なが)るめり渡(わら)らば錦中(にしきなか)や絕(た)えなむ。》人麿(ひとまろ),《梅花(むめのはな)其(そ)れとも見(み)えず久方(あさかた)の天霧(あまぎ)る雪(ゆき)のな(並)べて降(ふ)れれば。》《仄仄(ほのぼの)と明石(あかし)の浦(うら)の朝霧(ああぎり)に嶋隱(しまがく)れ行舟(ゆくくふね)をしぞ思(おも)ふ。》赤人(あかひと),《春野(はるのの)に菫摘(すみれつ)みにと來(こ)し我(われ)ぞ野(の)を懷(なつ)かしみ一夜寢(ひとよね)にける。》《和歌浦(わかのうら)に潮滿(しほみ)ち來(く)れば瀉(かた)を無(な)み葦辺(あしべ)を指(さ)して鶴鳴(たづな)き渡(わた)る。》﹞
 此人人(このひとびと)を置(お)きて,又優(またすぐ)れたる人(ひと)も,吳竹(くれたけ)の世世(よよ)に聞(きこ)え,片絲(かたいと)の縒縒(よりよ)りに絕(た)えずぞありける。之(これ)より先(さき)の歌(うた)を集(あつ)めてなむ,万葉集(まんえうしふ)と名付(なづ)けられたりける。

 自古傳今者,以奈良御世,流傳尤廣。蓋彼帝御世,最得和歌之趣歟。

 斯時,有正三位柿本人麿者,歌聖是也。此是君臣齊心,合身戮力,共鑄大業之謂也。秋日夕暮,龍田河中,紅葉流漂。映於帝目,如視錦織。春日曙晨,吉野山間,山櫻滿開。感於麿心,猶觀雲霞。

 又有山邊赤人者。其歌奇玄,高振神妙。

 人麿既不立赤人之上,赤人亦不居人麿之下。是伯仲之間,並和歌仙也。﹝奈良帝御歌,《龍田河紅葉亂れて流るめり渡らば錦中や絕えなむ。【龍田川間楓紅溢 紅葉亂漂猶若錦 唯恐強渡壞錦繡。】》人麿,《梅花それとも見えず久方の天霧る雪のなべて降れれば。【梅花難辨不得覓 只緣雪降久方天 形似迷霧漫眼簾。】》《ほのぼのと明石の浦の朝霧に嶋がくれ行舟をしぞ思ふ。【仄仄天曙明石浦 舟隱島蔭朝霧瀰 吾眺孤舟心萬緒。】》赤人,《春の野に菫摘みにと來し我ぞ野を懷かしみ一夜寢にける。【為摘菫兮來春野 吾心暮野寄流連 不忍訣離留一宿。】》《和歌の浦に潮滿ちくれば瀉をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る。【潮汐滿盈和歌浦 既失干瀉指岸翔 鶴渡葦邊發聲鳴。】》﹞

 除此二人之外,我朝吳竹萬代,尚有才人多在。能歌屬文者,世世輩出。一如片絲之紡,絡繹不絕。此前所作,代代歌謠,集而撰錄者,所謂『萬葉集』是也。
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六、六歌仙

 此處(ここ)に,古事(いにしへのこと)をも,歌心(うたのこころ)をも知(し)れる人(ひと),僅(わづ)かに一人(ひとり)、二人也(ふたりなり)き。しか(然)あれど,これかれ,得(え)たる所(ところ),得(え)ぬ所(ところ),互(たが)ひになむある。  斯(か)の御時(おほむよき)より此方(このかた),年(とし)は百年餘(ももとせあま)り,世(よ)は十繼(とつき)になむ,成(な)りにける。古事(いにしへのこと)をも,歌(うた)をも()知(し)れる人(ひと),詠(よ)む人(ひと)が多(おほ)からず。今(いま),此事(このこと)を言(い)ふに,官位高(つかさくらゐたか)き人(ひと)をば,容易(たやす)き樣(やう)なれば入(い)れず。

 其(そ)の他(ほか)に,近(ちか)き世(よ)に,其(そ)の名聞(なきこ)こえたる人(ひと)は,即(すなは)ち:

 僧正遍照(そうじゃうへんぜう)は,歌態(うたのさま)は得(え)たれども,誠少(まことすく)なし。喻(たと)へば,絵(ゑ)に描(か)ける女(をうな)を見(み)て,徒(いたづら)に心(こころ)を動(うご)かすが如(ごと)し。﹝《淺綠絲縒(あさみどりいとよ)り掛(か)けて白露(しらつゆ)を玉(たま)にも拔(ぬ)ける春柳(はるのやなぎ)か。》《蓮葉(はちすば)の濁(にご)りに染(し)まぬ心(こころ)もてなに(何)かは露(つゆ)を玉(たま)と欺(あざむ)く。》嵯峨野(さがの)にて馬(むま)より落(お)ちて詠(よ)める,《名(な)に愛(め)でて折(お)れるばかりぞ女郎花(をみなへし)我落(あれお)ちにきと人(ひと)に語(かた)る莫(な)。》﹞

 在原業平(ありはらのなりひら)は,其(そ)の心餘(こころあま)りて,辭足(ことばた)らず。萎(しぼ)める花(はな)の,色無(いろな)くて,匂(にほ)ひ殘(のこ)れるが如(ごと)し。﹝《月(つき)や有(あ)らぬ春(はる)や昔(むかし)の春(はる)ならぬ我(わ)が身(み)一(ひと)つは本(もと)の身(み)にして。》《大方(おほかた)は月(つき)をも愛(め)でじ之(これ)ぞ此積(このつも)もれば人(ひと)の老(お)いとなる物(もの)。》《寢(ね)ぬる夜(よ)の夢(いめ)を儚(はかな)み微睡(まどろ)めば彌儚(いやはかな)にも成(な)り增(ま)さる哉(かな)。》﹞

 文屋康秀(ぶんやのやすひで)は,辭(ことば)は巧(たく)みにて,其(そ)の樣身(さまみ)に追(お)はず。言(い)はば,賈人(あきびと)の,良(よ)き衣著(きぬき)たらむが如(ごと)し。﹝《吹(ふく)からに野邊(のべ)の草木(くさき)の萎(しぼ)るればむべ山風(やまかぜ)を嵐(あらし)と言(い)ふらむ。》深草帝(ふかくさのみかど)の御國忌(おほむこき)に,《草深(くさふか)き霞(かすみ)の谷(たに)に影隱(かげかく)し照(て)る日(ひ)の暮(く)れし今日(けふ)にやはあらぬ。》﹞

 宇治山僧喜撰(うぢやまのそうきせん)は,辭微(ことばかす)かにして,初(はじ)め,終(おは)り,確(たし)かならず。言(い)はば,秋月(あきのつき)を見(み)るに,曉雲(あかつき)に遇(あ)へるが如(ごと)し。﹝《我(わ)が庵(いほ)は都(みやこ)の辰巳(たつみ)しかぞ棲(す)む世(よ)を宇治山(うぢやま)と人(ひと)は言(い)ふ也(なり)。》﹞詠(よ)める歌(うた),多(おほ)く聞(きこ)えねば,斯(か)れ此(こ)れを通(かよ)はして,良(よ)く知(し)らず。

 小野小町(をののこまち)は,古(いにしへ)の衣通姬(そとほりひめ)の流也(りうなり)。憐(あは)れなる樣(やう)にて,強(つよ)からず。言(い)はば,良(よ)き女(をうな)の,惱(なや)める所有(ところあ)るに似(に)たり。強(つよ)からぬは,女(をうな)の歌(うた)なればなるべし。﹝《思(おも)ひつつ寢(ぬ)ればや人(ひと)の見(み)えつらむ夢(ゆめ)と知(し)りせば醒(さ)めざら益(まし)を。》《色見(いろみ)えで移(うつ)ろふ物(もの)は世中(よのなか)の人(ひと)の心(こころ)の花(はな)にぞありける。》《詫(わ)びぬれば身(み)を浮草(うきくさ)の根(ね)を絕(た)えて誘(さそ)ふ水(みづ)あらば去(い)なむとぞ思(おもふ)。》衣通姬(そとほりひめ)の歌(うた),《我(わ)が夫子(せこ)が來(く)べき宵也(よひなり)小蟹(ささかに)の蜘蛛(くも)の振舞予(ふるまひかね)て著(しる)しも。》﹞

 大友黑主(おほとものくろぬし)は,其(そ)の態(さま),卑(いや)し。言(い)はば,薪負(たきぎお)へる山人(やまびと)の,花蔭(はなのかげ)に休(やす)めるが如(ごと)し。﹝《思出(おもひい)でて戀(こひ)しき時(とき)は初雁(はつかり)の鳴(な)きて渡(わた)ると人(ひと)は知(し)らず哉(かな)。》《鏡山(かがみやま)去來(いざ)立寄(たちよ)りて見(み)て行(ゆ)かむ年經(としへ)ぬる身(み)は老(お)いやしぬると。》﹞

 此他(このほか)の人人(ひとびと),其(そ)の名聞(なき)ゆる,野邊(のべ)に生(お)ふる葛(かづら)の,這廣(はひひろ)ごり,林(はやし)に茂(しげ)き木葉(このは)の如(ごと)くに多(おほ)かれど,歌(うた)とのみ思(おも)ひて,其(そ)の態知(さまし)らぬなるべし。

 觀夫奈良當代,雖盛況如此,能在古風,而得歌趣者,纔一二人而已。且其長短不同,得失各異,論以可辨。自彼至今,年愈百餘,世過十繼。在於近代,知曉古事,通達和歌,且能賦之者,其數不多矣。不佞今將論之。然今輙論位高之人,恐有流於輕率之失,故不予列也。自餘,聞名近世者,是即:

 僧正遍照,尤得歌體,而詞華少實。如觀畫中好女,徒動人情。﹝《淺綠絲縒り掛けて白露を玉にも拔ける春柳か。【淺綠新葉若猶絲 瑩瑩白露當似玉 春日碧柳可怜矣。】》《蓮葉の濁りに染まぬ心もて何かは露を玉と欺く。【蓮出濁泥淤不染 君既志高一如斯 何欺白露比玉人。】》嵯峨野落馬所詠,《名に愛でて折れるばかりぞ女郎花我落ちにきと人に語る莫。【慕名感念心折伏 美哉妍哉女郎花 吾墬馬事莫語人。】》﹞

 在原業平,其情有餘,而詞彩不足。如萎花雖少彩色,而尚有餘薰。﹝《月や有らぬ春や昔の春ならぬ我が身一つは本の身にして。【月非昨年春異昔 物換星移人事非 獨吾身者仍無易。】》《大方は月をも愛でじ之ぞ此積もれば人の老いとなる物。【大抵吾人亦翫月 每賞月者徒積年 惆悵年歲催人老。】》《寢ぬる夜の夢を儚み微睡めば彌儚にも成り增さる哉。【共寢夜雖渺如夢 豈知起身方歸時 儚情更起湧心頭。】》﹞

 文屋康秀,其詞高巧,而體不能及。如賈人之著鮮衣。﹝《吹からに野邊の草木の萎るればむべ山風を嵐と言ふらむ。【風吹野邊草木折 搖曳傾倒狀荒亂 是以山風謂之嵐。】》深草帝御國忌之際,《草深き霞の谷に影隱し照る日の暮れし今日にやはあらぬ。【悲隱深草峽谷間 照日快情天和煦 天候非時今哀慟。】》﹞

 宇治山僧喜撰,其詞華麗,而首尾停滯。如望秋月而遇曉雲。﹝《我が庵は都の辰巳しかぞ棲む世を宇治山と人は言いふ也。【吾庵坐都辰巳方 棲之生息在宇治 人云宇治也憂里。】》﹞彼所詠歌,鮮為人聞,只觀斯曲,難得其詳。

 小野小町,古衣通姬之流也。然愛憐而無氣力。譬猶美人之有憂思。蓋無氣力者,女歌之謂歟。﹝《思ひつつ寢ればや人の見えつらむ夢と知りせば醒めざらましを。【日思夜寢夢伊人 若知此身在夢中 當欲永眠不捨哉。】》《色見えで移ろふ物は世中の人の心の花にぞありける。【花色乃隨時移遷 何物無色仍易改 此謂天下世人心。】》《詫びぬれば身を浮き草の根を絕えて誘ふ水あらば去なむとぞ思ふ。【詫暮妾身若浮草 無根遇水任漂流 如逢相邀蓋依乎。】衣通姬之歌,《我が夫子が來べき宵也小蟹の蜘蛛の振舞予て著しも。【此是夫君將臨夕 蜘蛛蟹振舞笹根 今宵見之更縈心。】》﹞

 大友黑主,頗有逸興,而體甚鄙。如山人負薪之息花前也。﹝《思出でて戀しき時は初雁の鳴きて渡ると人は知らず哉。【不堪戀慕思君時 猶若初雁渡空鳴 涕泣町間人不知。】》《鏡山去來立寄りて見て行かむ年經ぬる身は老いやしぬると。【立寄鏡山映吾姿 經年歲月照真影 方知此身老將現。】》﹞

 此外,氏姓流聞者,有若野邊漫葛、茂林木葉,其數不可勝計也。然彼皆以艷為基,不知和歌之趣者也。
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七、撰述論

 斯(か)かるに,今(いま),天皇(すべらぎ)の天下治(あめのしたし)ろし召(め)す事(こと),四(よ)つの時(とき),九迴(ここのかへ)りになむ成(な)りぬる。遍(あまね)き御慈(おほむうつくし)()みの浪(なみ),八州(やしま)の外迄流(ほかまでなが)れ,廣(ひろ)き御惠(おほむめぐ)みの蔭(かげ),筑波山(つくばやま)の麓(ふもと)よりも繁(しげ)く御座(おは)しまして,萬政(よろづのまつりごと)を聞(きこ)し召(め)す暇(いとま),諸諸(もろもろ)の事(こと)を捨(す)て給(たま)はぬ餘(あま)りに,古事(いにしへのこと)をも忘(わす)れじ,古(ふ)りにし事(こと)をも興給(おこしたま)ふとて。今(いま)も見(み)そなはし,後世(のちのよ)にも傳(つた)はれとて,延喜五年四月十八日(えんぎごねんしがつじふはちにち)に,大內記(だいないき)-紀有則(きのもとのり),御書所預(ごしょのところのあづかり)-紀貫之(きのつらゆき) ,前甲斐少目官(さきのかひのさうくわん)-凡河內躬恒(おふしかふちのみつね),右衛門府生(うゑもんのふさう)-壬生忠岑等(みぶのただみね)に仰(おほ)せられて,萬葉集(まんえうしふ)に入(い)らぬ古(ふる)き歌(うた),自(みづか)らのをも,奉(たてまつ)らしめ給(たま)ひてなむ。

 其(そ)れが中(なか)に,梅(むめ)を插頭(かざ)すより始(はじ)めて,杜鵑(ほととぎす)を聞(き)き,紅葉(もみぢ)を折(お)り,雪(ゆき)を見(み)るに至(いた)る迄(まで),又(また),鶴(づる)、龜(かめ)に付(つ)けて,君(きみ)を思(おも)ひ,人(ひと)をも祝(いは)ひ,秋萩(あきはぎ)、夏草(なつくさ)を見(み)て,妻()つまを戀(こ)ひ,逢坂山(あふさかやま)に至(いた)りて,手向(たむ)けを祈(いの)り,或(ある)は,春夏秋冬(はるなつあきふゆ)にも入(い)らぬ,種種(くさぐさ)の歌(うた)を並(な)む,選(えら)ばせ給(たま)ひける。全(すべ)て,千歌(せむうた)、廿巻(はたまき)。名付(なづ)けて古今和歌集(こきむわかしふ)と言(い)ふ。

 斯(か)く,此度(このたび),集(あつ)め選(えら)ばれて,山下水(やましたみづ)の絕(た)えず,濱(はま)の真砂(まさご)の數多(かずおほ)く積(つ)もりぬれば,今(いま)は,飛鳥川(あすかがは)の瀨(せ)に成(な)る,怨(うら)みも聞(き)こえず,細石(さされいし)の巖(いはほ)と成(な)る,悅(よろこ)びのみぞ有(あ)るべき。

 當於斯時,今上天皇御宇天下之世,春秋四季,既歷九迴。仁德美浪,遠愈八洲秋津之外。茂惠廣蔭,繁勝筑波山嶽之陰。在於聞召萬政,不捨諸事之際,更能兼顧今時,不忘古事。思繼既絕之風,欲興久廢之道。欲以既可覽於今日,更得傳諸後世者,以延喜五年四月十八日,詔大內記-紀友則、御書所預-紀貫之、前甲斐少目-凡河內躬恒、右衛門府生-壬生忠岑等,各以諸家私集并古來舊歌不錄『萬葉』者,奉敕獻之。
 其中,肇以春日梅花髻首,聽聞夏日杜鵑鳴囀,攀折秋日楓紅赤葉,終見寒冬大雪紛飛。又有諭於鶴鳥、靈龜,思君祝壽,見於秋萩、夏草,戀妻慕人。至逢坂山,合掌祈神,伏願羈旅安泰。或有不入春夏秋冬部類之雜歌者。並收種種和歌,嚴選撰錄。總有千歌、廿卷。名曰『古今和歌集』。
 此次,選歌結集,秀作如山下流水之不絕,佳曲若濱間真砂之無數,猶急流之成洲,今為飛鳥川瀨也。未聞怨言,細沙成巖,實為可喜也。
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八、未來論

 其(そ)れ,臣等詞(まくらことば),春花匂(はるのはなにほ)ひ少(すく)なくして,虛名(むなしくな)のみ秋夜(あきのよ)の長(なが)きを託(かこ)てれば,かつは人耳(ひとのみみ)に恐(おそ)()り,かつは歌心(うたのこころ)に恥(は)ぢ思(おも)へど,棚引(たなび)く雲(くも)の立居(たちゐ),鳴(な)く鹿(しか)の起臥(おきふ)しは,貫之等(つらゆきら)が此世(このよ)に同(おな)じく生(うま)れて,此事(このこと)の時(とき)に逢(あ)へるをなむ。悅(よろこ)びぬる。

 人麿亡(ひとまろな)く成(な)りにたれど,歌(うた)の事(こと),止(と)まれる哉(かな)。假令時移(たといときうつ)り,事去(ことさ)り,樂(たの)しび,悲(かな)しび行交(ゆきか)ふとも,此歌(このうた)の文字有(おじあ)るをや。青柳(あをやぎ)の絲絕(いとた)えず,松葉(まつのは)の散(ち)り失(う)せずして,真榮(まさき)の葛(かづら),長(なが)く傳(つた)はり,鳥(とり)の跡(あと),久(ひさ)しく留(と)まれらば。歌(うた)の態(さま)をも知(し)り,言(こと)の心(こころ)を得(え)たらむ人(ひと)は,大空(おほむぞら)の月(つき)を見(み)るが如(ごと)くに,古(いにしへ)を仰(あふ)ぎて,今(いま)を戀(こ)ひざらめかも。

 不才臣等,詞少春花之艷,名竊秋夜之長。況哉,進恐時俗譏嘲,退恥歌心稚拙。立如棚引天雲之飄蕩,坐若起臥鳴鹿之畏懦,誠惶誠恐,坐立難安也。貫之等,幸遇和歌中興之世,不勝吾道再昌之悅矣。
 嗟乎,人麿既沒,和歌不復在哉。假令,事去時移,悲喜無常,而此歌文字,仍當永存焉。猶青柳之絲不絕,蒼松之葉不散,真榮之葛長傳,鳥爪之跡久留。知曉歌體、能達其趣者,如見月之於大空,未有不仰古戀今者焉。
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當字、譯文:浦木裕
底本:伊達本『古今和歌集』假名序
參考:本居宣長『古今集遠鏡』、新全集『古今和歌集』假名序
補充:『古今和歌集』真名序、『詩經』毛詩序

 

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